11日の金曜日は、というか自分のシフトは16時から23時なので、ちょうどあの時間はまだ自宅に居りました。
たまたま妹が2歳の次男王子を連れて我が家に来ていたのですが、5分ほど前に長男王子の幼稚園の先生から「ほっぺも赤いし、おなかもまだらになってきてるのでりんご病みたいなのでお迎え来てください」と電話があり、電車なので1時間くらいで行かれます〜なんて話してたんですね。
そしたらあの地震。
最初王子とパズルで一緒に遊んでいたヲイラが揺れに気づき、とりあえずまだユルユルとした揺れだったので、落ち着いて玄関を開けに。
ドアを開けストッパーで止めて家族のいるリビングに戻る途中の廊下で、揺れが大きくなり始め、急いで王子をテーブルの下に避難させるために戻り、リビングのドアを固定して、アフォプリンス確保に。
寝室のベッドの下で右往左往しているのを抱きかかえてリビングに戻ったのですが、多分ここまでで30秒くらいはかかってるはず。
暴れて飛び降りたアフォを椅子の下に追いたてたけど、結局テレビの上に飛び上がられてしまいました。
我が家はケーブルのチューナーで地デジ対応してくれているので、いまだデカいブラウン管テレビなので、猫一匹は十分スペースがあるのですが、そのテレビが落下しないように、妹が押さえておりました。
母は食器棚を押さえ、ヲイラはレンジ棚とドアを押さえ……
1分半はそこで過ぎていたと思う。
徐々に大きくなる揺れ。
家の中でズゥンズゥン、みたいな音がしてました。
「ちょっと、まだ!?」
「長いよ、長いって!!!!」
「大きい、大きいよ!!!!」
ただ叫ぶだけでした。
世代は違えど母3人。
おかんになった女3人。
母は娘二人と孫を。
妹は息子を。
ヲイラは甥と自分のアフォプリンス息子を。
護るものがありました。
命がけで護ると決めたものを護れました。
幸いうちの息子はまだ春休みに入っていないのでN.Yにいますので、これが春休みで息子が外に遊びに行っていたら…と思うと恐怖です。
もう14歳の子供じゃいつまでも母親のそばにいるわけじゃなく。
そばにいなけりゃ、護りたくても護れない。
成長は嬉しいけれど、ジレンマです。
ただそばにいたからと言って、護れない時だってあることでしょう。
でもやっぱり、子供が一番。
ヲイラにとって優先順序は息子とアフォプリンス。
息子はもうヲイラの身長をはるかに超えてしまったので、自分である程度はできるでしょう。
ただ指示は出さないといけない。
N.Y育ちで地震体験がほとんどないので。何せ帰国中に震度2で怯えて震えてましたからね。
とにかく揺れがとまり、落ち着いてから時計を見ると5分近くが過ぎてました。
3分は揺れてましたね。
東京は震度5弱。
あんな長くて大きな地震は初体験でした。
母でさえ60数年生きてて初めてだ、と言ってましたから。
その後落ち着いて準備を始めて出勤しましたが、店内の安全確認のため、閉店しておりました。
店内を片付け、会社の命令で徒歩自転車通勤は帰宅しました。
ヲイラも自転車通勤なので、すぐに帰宅。
その後は母とアフォと、亀の欽吾さんと余震に怯えながら、ニュースを見て過ごしました。
震源地に近い宮城県・福島県は地震そのものの被害もさること、津波で相当の被害が発生しております。
被災された方、またこの地震津波で亡くなられた方、家族を失くされた方。
心からお悔やみ申し上げます。
ヲイラたちも「被災」はしているけれど、いまだ震えるし、地震酔いで常に揺れている感じもするし、不眠状態…でも家は無事だし、水も出るし電気もつくしガスも使える。
何ができるか。
何が必要とされているのか。
どうしたらいいのか。
不安でたまりません。
でもできることをしたいと思います。
スーパーに勤務してますが、配送がとまってます。
店内商品が半分ちかくありません。
復旧のめどはたっておりません。
しばらくご迷惑おかけいたします。
猫が恐怖で口が「おちょぼ」になるのを初めて知りました。
常日頃からストーカー傾向にあるアフォですが、輪をかけてストーカーです。
でもまぁ仕方ないすよね。
怖かったもんね。
ビックリしたもんね。
ママとくっついてたいよね。
大丈夫、ママが絶対護るから。
それだけを抱きしめて繰り返しております。
ちなみに妹と王子はヲイラの出勤後、母と一緒に回送になっていたタクシーとゲトし、3時間近くかけて帰宅し、りんご病の長男王子と会えたそうです。
本人は幼稚園の先生たち全員を従えてご満悦だったそうで…
無事で何より…(笑)